中島みゆき プロフィール
日本が誇るシンガーソングライターの中島みゆきさんは、1970年代から2000年代まで4世代に渡りオリコンシングルチャートで1位を獲得した唯一のソロアーティストです。
1970年代では「時代」「わかれうた」「世情」、80年代には「悪女」、90年代では「浅い眠り」、「空と君のあいだに」、「ファイト!」。そして2000年に入ってからも「地上の星/ヘッドライト・テールライト」とヒット曲を作り続けています。
また、他のアーティストに提供する楽曲も完成度の高さを誇り、ヒット曲が多数存在します。代表的なところでは、柏原芳恵「春なのに」、工藤静香「FU-JI-TSU」「MUGO・ん…色っぽい」「慟哭」(作詞のみ)。それ以降もTOKIOの「宙船(そらふね)」「本日、未熟者」などを手がけています。
一方でお気楽な素顔を持っていて、1970年代後半から放送されていたニッポン放送『中島みゆきのオールナイトニッポン』での軽妙なトークでも人気になりました。
中島みゆき デビューまで
高校3年生の時に文化祭のステージでオリジナル曲を披露し、大学在学中には、北海道大学フォークソングのメンバーたちと共に様々な音楽コンテストに出場。入賞を繰り返し、「コンテスト荒らし」の異名をとるようになりました。
卒業後はアマチュア歌手として、地元の帯広を中心に音楽活動を展開。デビュー前にも関わらず、100曲を超えるオリジナル曲を次々に生み出していきました。
「アザミ嬢のララバイ」でデビュー。1975年5月、「第9回 ヤマハポピュラーソングコンテスト」に出場し、オリジナル曲「傷ついた翼」での入賞。同年9月、念願のCDデビューを果たします。
デビューからおよそ1か月後に行われた同コンテストでは、大ヒット曲「時代」を披露し、グランプリを受賞。さらに、11月の「第6回 世界歌謡祭」でも同曲でグランプリに輝きました。
中島みゆき 「夜会」とは?
柏原芳恵さんへ「春なのに」を提供して大ヒットした1983年以降、自身がリリースした曲の売上が伸び悩み始めたことをきっかけに曲作りを試行錯誤するようになりました。中島みゆきさんは当時のことを振り返り、「御乱心の時代」であったと語っています。
そんな彼女の“御乱心”を救ったのは、瀬尾一三さんとの出会いでした。
1988年に発売したアルバム「グッバイガール」のプロデューサーで、どんな音楽スタイルにも対応してくれる彼が音楽監督を務める舞台「夜会」に出演したことで、今までになかったライフワークが生まれたといいます。
舞台は、中島みゆきさんが一人で脚本・作詞・作曲・歌唱・主演まで全5役を務める驚きの構成で、ライブやラジオとは違う彼女の表情に魅了される観客が続出しました。
①「糸」 女性が男性に向けて歌うラブソングです!
人と人がめぐり逢い、繋がることの素晴らしさを歌った歌詞が魅力的な曲です。
日本人なら誰もが知る名曲ですが、もともとはアルバムの1曲にすぎない地味な存在でした。そんな「糸」が世間に知られるようになったのは、1998年にドラマ「聖者の行進」のエンディング曲として採用されたからです。
そして、BankBandがカバーアルバム「沿志奏逢」の中で「糸」を発表、さらに注目を浴びるようになります。
その後、次々と他のアーティストによってカバーされていきます。
EXILE ATSUSHI、福山雅治、クリス・ハート、JUJU、柴咲コウ、一青窈、島津亜矢、吉岡聖恵(いきものがかり)、ToshI(X JAPAN)、Nissy(AAAの西島隆弘)、つるの剛士 etc.
※BankBandとは、音楽プロデューサーの小林武史とMr.Childrenの桜井和寿が中心の音楽グループです。
糸 東宝MOVIEチャンネル
糸 桜井和寿 ap bank official
②「悪女」
悪女
1981年10月21日にリリースされた「悪女」。
1978年の「わかれうた」に次ぐ、週間オリコンチャート1位を獲得。
80万枚を超えるセールスを記録し、1982年度年間オリコンチャートでも6位にランクインしました。
恋人の浮気心を知ってしまった女は、自ら嫌われようとして、別の男と夜遊びする悪女を演じます。
③「銀の龍の背に乗って」
銀の龍の背に乗って high_note Music Lounge
この曲は、2003年放送のフジテレビ系ドラマ「Dr.コトー診療所」の主題歌として書き下ろされました。「銀」は、医療用メスの色をイメージしています。
ドラマでは、医療設備が整わない離島の診療所で、命と向き合いながら奮闘していく医師の姿が描かれていて、感動的で奥深い物語が壮大な歌詞と見事にマッチしています。
番外「ファイト!」
1983年に発売されたアルバム「予感」のみに収録されていましたが、1994年にCM曲として起用され大ヒットした為、シングルで再び発売されることになりました。
この曲には、自分に対して「闘え!」と鼓舞する気持ちが込められているそうです。やらないで後悔するよりも、まずは挑戦してみることの重要性を訴えています。