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坂本九「上を向いて歩こう」他 厳選!お気に入りソング

演歌・昭和歌謡(男性) お勧めソング

坂本九 プロフィール

生年月日:1941年12月10日、出身地:神奈川県川崎市

 

日大横浜学園在学中にロカビリー歌手としてレコードデビュー。第3回日劇ウエスタンカーニバルに初出演、新人賞を受賞。

 

シングル「悲しき六十才」で再デビュー。NHKの「夢であいましょう」で「上を向いて歩こう」を歌い大ヒット。同曲は1963年にアメリカで「SUKIYAKI」としてリリースされ、日本人初の「Billboard Hot 100」で3週連続第1位を獲得します。

 

その後も、「見上げてごらん夜の星を」、「明日があるさ」など数多くのヒット曲を出し、全世界におけるレコードの売上は1500万枚以上に。

 

歌手、司会、俳優、チャリティー参加など多岐にわたる活躍でお茶の間を楽しませる存在でしたが、1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故に巻き込まれて急逝します。


坂本九 厳選ソング! 代表曲・ヒット曲

「上を向いて歩こう」

上を向いて歩こう

(英題:スキヤキ、SUKIYAKI)

1961年10月発売のシングルです。

作詞:永六輔、作曲:中村八大 

 

「SUKIYAKI」という曲名は、イギリスのパイ・レコードの社長が日本で契約の際に会食した「スキヤキ」が心に残る食べ物だったという理由で、日本料理の名前を付けたものだと言われています。

 

春のセンバツ高校野球大会の入場行進曲が前年の流行曲になった第1号になります。


映画「上を向いて歩こう」(日活)1962年

映画 上を向いて歩こう

出演

河西九:坂本九、友田良二:浜田光夫、松本健:高橋英樹、永井紀子:吉永小百合、永井徳三:芦田伸介 他

少年鑑別所を脱走した河西九とドラムのスティックを持った友田良二は、手をとりあって必死に逃げていた。監視員に追われた二人は、走って来るオート三輪に飛び乗った。運転していた永井は、二人のことを知りながら黙って病院へ連れていった。翌朝、病院に少年係の刑事が来ることを知り、二人は永井の娘・紀子のとめるのも聞かず泡を喰って逃げた。しかし九は足を痛めて逃げられず、二人は泣く泣く別れた。

上を向いて歩こう | 映画 - 日活より


「見上げてごらん夜の星を」

見上げてごらん夜の星を

1963年5月発売のカバーシングルです。

作詞:永六輔、作曲:いずみたく

 

1960年に初演されたミュージカル「見上げてごらん夜の星を」の劇中主題歌で、1963年、舞台を見た坂本九さんが「僕にもやらせてほしい」と永さんに懇願し再演されました。

 

優しくゆったりとしたメロディーのバラードです。


映画「見上げてごらん夜の星を」(松竹)1963年

出演

 坂本九、榊ひろみ、中村賀津雄、菅原文太、山本豊三、清水まゆみ、ジェリー藤尾 他 

満天の星の下若者達がソフトボールに興じている。湯浅太平、その学友小森、山田、河野、寺山、それに教師の三輪であった。彼等は昼間働き、夜学ぶ定時制高校の生徒だった。朗らかで、人気者の太平のところへ、ある日全日制高校の女子生徒から手紙が来た。宮地由美子、そのロマンチックな名前と美しい手紙に、彼も友人も、豪華な邸宅に住む令嬢を想像していた。見上げてごらん夜の星を : 作品情報 - 映画.comより

「幸せなら手をたたこう」

幸せなら手をたたこう

1964年5月発売のシングルです。

原曲:アメリカ民謡、作詞:木村利人

 

早稲田大学人間科学部名誉教授の木村利人さんが学生の頃、フィリピンでボランティア活動をしていた時に

この原曲を聴いて、歌詞をつけたのが始まりで、偶然坂本九さんが耳にし、いずみたくさんが採譜して出来た楽曲です。

 

第37回選抜高校野球大会の入場行進曲です。


「心の瞳」

心の瞳 坂本九音楽事務所

1985年5月発売のシングルB面です。

作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし

 

1985年に事故により逝去したため、このシングルは結果的に遺作になりました。

 

生前最後のラジオ番組で「心の瞳」を聴いた中学校の音楽教師が、生徒の合唱のために編曲をして広まります。家族愛が詰まった歌詞が素直な心をもつ中学生にぴったりの楽曲です。


「心の瞳」のレコーディングを終えた坂本九はこの曲を家に持ち帰り、妻の柏木由紀子に「ゆっこ!」、と声をかけた。「カセットテープだったと思うんですけど」、と柏木由紀子は証言する。「ゆっこ! ぼくたちのことを歌ったような曲だよ! 聴いたらきっと、泣いちゃうよ!」、と柏木由紀子は坂本九から告げられ、この曲は坂本九のお気に入りだったようだ。長女の大島花子は、「父が新曲を持って帰ってくる!」というのが初めての出来事であり、家族で聴いて、とても楽しかった思い出であると話している。「心の瞳」は、坂本がようやく手にした等身大の本当に伝えたい理想の音楽だったということがいえる心の瞳 (坂本九の曲) - Wikipediaより

「明日があるさ」

明日があるさ 坂本九 - トピック

1963年12月発売のシングルです。 作詞:青島幸男、作曲:中村八大

 

自信が主演したバラエティ番組「明日があるさ」、「夢をそだてよう」の主題歌です。

 

自分自身に自信が持てず、意中の女性に告白が出来ないにもかかわらず、前向きに日々を送る男子学生の思いをコミカルに表現しています。

 

数多くの有名アーティストがカバーしています。

 

2002年選抜高等学校野球の入場行進曲です。

「涙くんさよなら」

涙くんさよなら 坂本九 - トピック

1965年5月発売のシングルです。 作詞・作曲:浜口庫之助 

 

発売当初さほどヒットしませんでしたが、ジョニー・ティロットソンさんが英語と日本語でカバーして大ヒット。以降、多くの歌手によってカバーされ、歌い継がれています。

 

恋を歌ったどこかかわいらしい歌詞が印象的です。

「レットキス(ジェンカ)」

レットキス(ジェンカ) 坂本九 - トピック

フィンランドの民謡で、「列になって踊ろう」という意味です。

 

1965年、なかにし礼さんの訳詞を青山ミチさんが歌い、1966年に坂本九さんが、永六輔さんの作詞で「レット・キス (ジェンカ)」の曲名でカバーして、これがきっかけで日本中でジェンカが踊られるようになります。

「ともだち」

ともだち 坂本九 - トピック

1965年3月発売のシングルです。 作詞:永六輔、作曲:いずみたく

 

1965年に喜劇俳優の大御所、森繁久彌さんと伴淳三郎さんが小児麻痺に苦しむ少年少女を救おうと手を携えて結成した芸能人チャリティー団体「あゆみの箱」のテーマソングです。

 

第38回選抜高等学校野球大会の入場行進曲です。

「ステキなタイミング」

ステキなタイミング

 

原曲は1960年にアメリカ出身の歌手ジミー・ジョーンズが発表した「Good Timin'」になります。