1976年4月発売の「池上線」がロングヒットを記録したシンガーソングライター。自身の楽曲の他に木の実ナナさんへ提供した「うぬぼれワルツ」をはじめ、五木ひろしさん、研ナオコさん、小柳ルミ子さん、水森かおりさんなど、多くのアーティストに楽曲を提供。
結成当時は、後藤悦治郎さん、平山泰代さんのデュオで、主に日本民謡などを歌っていました。山本さん新居さんは元アリスの谷村新司さんとコーラスグループで活動していましたが、アマチュアコンサートで一緒になった後藤悦治郎さんに誘われ赤い鳥のメンバーに加入します。
1982年に発表した「赤道小町 ドキッ」が大ヒットを記録。精力的にライヴ活動を行ない、オーディエンスを興奮の渦に巻き込むことから“総立ちの女王”と称されます。
スクールメイツのメンバーだった白鳥英美子さんと、歌手志望だった芥川澄夫さんの二人で結成され、1969年に「或る日突然」でデビュー。
紅一点のボーカルNOKKOさんのキュートでパワフルなボーカルやファッションが話題を呼び大ブレイク。4枚目のシングル「フレンズ」が大ヒットし、アルバムもミリオンヒットに。
メディアへの露出は極端に少なく、ライブ活動は一度もおこなっていないにもかかわらず、美しくミステリアスなイメージに加え、独自の世界観と高い音楽性から根強いファン層で支持されます。
高校一年の時、少女雑誌のモデルにスカウトされ、1970年ライオン歯磨きのコマーシャルガールに選ばれます。1972年、18歳の時に「初恋のメロディー」で歌手デビュー。
幼少期はCMで渥美清さんと共演したり、音羽ゆりかご会で合唱団として活動。1979年、“イルカの妹”のキャッチコピーとともに「キャンパススケッチ」でデビューします。
1978年 「 しあわせをありがとう 」 でソロデビューします。代表曲に「ほほにキスして」 や 「 めぐり逢いすれ違い 」 などのヒット曲があります。
1985年10月21日、シングル「Never Say Good-Bye」でデビュー、同年11月には1stアルバム「Call My Name」をリリースします。